‟If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.”


これは20世紀初頭に活躍した小説家・レイモンドチャンドラーの作品に登場する主人公の台詞です。

日本語では、
「強くなければ生きていけない 優しくなければ生きる資格がない」
と訳されており、様々な場面で引用されることの多い言葉です。

大抵、力を持った者が自らを律するために用いるか、粗暴な者を諫めるためにその人物の師が発することが多いような気がします。
ちなみに私がこの言葉を知ったのは高校の時、とあるノンフィクション作品でした。

ただ原文が英語であるが故、訳し方によってニュアンスが若干異なる場合もあるようです。
様々な意味合いに取れることも、名台詞たる所以なのかも知れませんね。


この言葉が登場したのは「プレイバック」という小説の作中においてです。
1958年の発表ですから、かれこれ52年前になります。

ところが多くの価値観がひしめき合う現代においては、ますますこの言葉の重みが感じられる毎日です。半世紀以上経った今も名言として残っているのは、我々が無意識の内に身につまされることを実感しているからでしょう。

残念ながら、この言葉は今後も色褪せることなく受け継がれていくことと思います。


一見シャドーハウスとは無縁そうなこの台詞。
しかし今回のお話では、それを想起させるような生き様を貫く一人の少年がいました。

我々が生きる世界と似た言葉が、同じ重みを持つシャドーハウスの世界。

深く知れば知るほど、単純な勧善懲悪に与さない魅力を持つ登場人物が目白押しです。



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扉絵を飾るのは、こどもたちの棟のナンバー2・ベンジャミン組です。

左下にちょこっと解説が載っていますね。
スザンナやオリバーの時はエミリコの好感度が描かれていましたが、今回はないようです。

ちょっと残念ですが、エミリコとベンジャミン・ベンとの関りがほとんどないからでしょう。今後接点が出来れば、あの超ざっくりとした好感度表が再び見られるかもしれませんね。


さて、それが関係あるか分かりませんが、今回のお話はエミリコではなく、とあるペアとベンジャミン組との交流がテーマでした。


そのペアとは、ルイーズとルウです。

ケイトと同期の、超々自分の顔が大好きな模範的シャドー・ルイーズ。
エミリコと同じ班の、寡黙な優等生生き人形・ルウ。

この二人が今回の主人公でした。


冒頭、ルイーズは家電製品の如く、ルウに掃除を命じました。
しかも“2倍速”という注文付きです。

相変わらずルイーズのルウに対する扱いは人形そのものですね。
お披露目の時から全く変わっていません。
美しい“顔”を持った体のいいメイドといったところでしょうか。
ルウも大変です。

もっとも、それを見事達成するルウも拍車をかけている気もしますが……。

しかし我々が彼女達の様子を見ておかしいと思うのは、生き人形を『人間』だと知っているからです。ルイーズに悪気はないでしょう。ある意味純粋なのだと思います。

ジョンとは違った意味で単純なのかも知れませんね。


ただ、その純粋さこそが彼女の魅力ですし、同期会においてはその彼女の性格がうまい具合に作用しました。動機は「ケイト思ったよりも楽しいし」というやや不真面目な理由でしたが、ケイトはルイーズを味方にすることに成功しています。


今回のお話では、早速ケイトからのお願いを叶えるため、ルイーズはお出かけすることにしました。
先述の“2倍速で”のシーンは、お出かけの準備をするためルウをせかしていたからです。
決して面白半分での指示ではありませんでした。

ただそれでも、生き人形をぞんざいに扱っていることには変わりありません。
それもあってこの後ルウに異変が起こりますが、その前に彼女の優秀っぷりを見ていきましょう。


ポートレイトに着替え、屋敷の廊下を歩くルウ。
もちろんルイーズに付き従っています。

ルイーズはというと、こどもたちの棟のメンバーを物色していたか分かりませんが、一対の少年ペアに話しかけます。

姿を見つけるや否や、いきなりすす能力について質問するルイーズ。
新成人に話しかけられたからでしょうか、相手は怪訝な表情です。
まったくつれないです。


しかしそれも束の間、ルイーズ最大の武器が少年ペアを陥れました。


ルイーズの強み。
それは、秀逸な美貌を持つルウです。


決して単独でいる時には見せないであろうぶりっ子ポーズで、少年ペアに語り掛けるルウ。
大きい瞳を光り輝かせ、おまけに上目遣いというサービスです。

その愛らしい姿に、あっという間に少年ペアは陥落しました。
描かれてはいませんが、洗いざらいすす能力について明かしてくれたことでしょう。

手紙の「ジョンだけが頼りなの」という一節だけで洗脳から解いたケイトもそうですが、此度のお披露目を合格した少女ペアは、二組とも罪作りですね。
エミリコも無自覚ではありましたがパトリックを陥落させてましたし……。


こうなると、もしもシャーリーが合格していたら似たような感じだったのかなと夢想してしまいます。

ケイトやルイーズと方向性を少し変えて、リボンの騎士の如く男装の麗人としてこどもたちの棟の女の子たちを次々に墜としていくとか……。

そうなれば、こどもたちの棟は瞬く間にケイトによって掌握できそうです。
つくづくシャーリーがいないのが惜しまれますね。



畜生、ライアンめ!!!(唐突な罵倒)



……さて、妄想が過ぎましたので話を戻しましょう。

1対の少年ペアが陥落したのを皮切りに、ルイーズはそこかしこの子供たちに声を掛けては情報を引き出していきます。抜群のコミュ力です。

そしてダイジェスト気味に展開されるルウの顔は、『七変化』という言葉がぴったりですね。

この二人に掛かれば怖いものなど何もなしです。
(管理人は、「知らなくってー」のところで指を口に当てているルウが一番好きです。もっと大きいコマで見たかった!!)


そうして集めた情報。

数えてみると、何と原稿用紙12枚分!
しかもびっしりと文字で埋め尽くされています!!

とてつもない量ですね。
それもあってか、ルウは疲れたのかため息をつきました。

頬には汗。かなり体力を消耗しているようです。
ルイーズの顔として完璧な演技をこなした後にこれですから、疲れない筈がありません。

ところがそれを知らないルイーズは気楽なものです。
ルウの様子と対比すると、ルイーズの純粋さがいかに残酷で異常であるのかがありありと見えてきますね。無自覚程恐ろしいものはありません。

しかしそれでもなお、ルイーズの能天気さは変わりませんでした。

ほとんどルウの働きであるにも関わらず、自身の優秀さを疑わず「お呼ばれ」はまだかと胸躍らせます。
見ている側からすれば、危なっかしくて仕方がありません。

ですが何も知らないルイーズは、再びルウを連れて外を出ようとしました。
有り余った体力を以て、駆けだすルイーズ。


刹那、ルウはよろめきます。

膝を折り、床に手を付くルウ。
モノクロではありますが、俯いていても顔色が悪いのは一目瞭然です。

健気に大丈夫と答えるルウが健気で仕方ありません。

ところが事ここに及んでも、ルイーズが心配したのはルウの“顔”そのものだけでした。


ルイーズが向かったのは、班長のマリーローズの部屋です。

ローズマリーの安否が不明だったので主人のマリーローズは大丈夫なのか不安でしたが、一応無事ではあるようです。少し安心しました。

しかし突然の、しかも“顔”がいないシャドーを訪ねるルイーズに驚くマリーローズは、やや憔悴しているように見えます。
いつものはきはきとした様子は影もありません。

服も汚れているので、かなり煤を出しているのでしょう。
以前ベンジャミンに胸倉掴まれていた時は煤を出していなかったので、てっきり煤の少ないシャドーなのかと思っていました。ところが、どうやら違うようです。

この一コマだけで、あのシーンの異様さが更に際立ちます。

しかしマリーローズの服が汚れているのは、何よりもローズマリーが不在なのが大きいと思います。

案の定、部屋も煤まみれのようで、扉の前で暫し立ち話が始まりました。


ルイーズが班長のマリーローズに聞きたかったこととは、“お呼ばれ”についてです。
とうとうサブタイトルの話題が出てきました。

それについて、マリーローズなら何か知っているのではと期待するルイーズ。
しかしマリーローズも、その内容は全く知りませんでした。


そういえばお披露目の時も、成人前のケイトやエミリコ、ルウは何も知りませんでした。
また、第36話ではエドワードも知らないことが次から次へと現れるとぼやいています。

第63話でショーンは「館は二つに分断されている」と言っていましたが、徹底した情報の秘匿がなされているのでしょう。
情報を細かく分断し、ごく限られた人物が全体の情報を握るのは典型的な独裁の手法です。

“お呼ばれ”についても、同じ壁が立ちはだかっていました。
マリーローズもルイーズの質問にはお手上げです。

満足できないといった様子のルイーズに、マリーローズは星つきなら知っているかも知れないとアドバイスしました。確かにそれが一番早そうです。

ルイーズも同じくそう思ったのか、挨拶もそこそこに星つきの棟へ行くことにしました。


そんなルイーズを見て、少しの沈黙の後語り掛けるマリーローズ。
彼女が最後に投げかけたのは、“顔”を気遣うようにという、少し意味深げな言葉でした。

台詞自体は妥当であるものの、マリーローズは何を想ってこう発言したのか。

ローズマリーがいなくなったことで、改めて生き人形の大切さが分かったのか、それとも、ローズマリーに対して何か身に覚えのあることがあるのか、はたまた、これも彼女の個性なのか……。

たった一言なのに、非常に気になる台詞であります。


しかしそんなマリーローズの助言も、ルイーズにとってはどこ吹く風です。
『意味不明なこと言われたーっ』くらいにしか考えていないでしょう。
控えめではありますが、ルウもそれを肯定しました。


ですが、そんなルイーズの価値観が変わる出逢いがこの後に訪れます。


星つきの居住棟に進入したルイーズ達。
彼女達が遭遇したのは、あのベンジャミン組でした。


やたら暑苦しい格好で登場した一対。
二人が使っている機械は、「肘関節屈曲式上腕負荷増幅機」です。

偉大なるおじい様並の名前の長さですが、どんな機械なのか一目で分かりますね。
チェストプレスに似たトレーニングマシンに見えますが、チェストプレスは大胸筋を鍛えるための機械ですのでちょっと違います。
となたか、正式名称を教えて下さい!!


さて、インパクトの強いこのトレーニングマシンですが、名前を聞いた当のルイーズは全く興味なしです。ただ単に聞いてみただけですね。
以前班員たちの前に現れた時と違い、案外ベンジャミン組に対し優しい印象を受けたので、軽いトークを挟んでみたのでしょう。

ケイトだったら食いつきそうなネタなんだけどなあ……。


ルイーズの一番の関心と言えば、目的である“お呼ばれ”についてです。
さっそくベンジャミンにお呼ばれされていないか聞いてみました。

ところが、「知らん」の一言で片づけられます。
一コマ持たず会話は終了しました。

それに対し、不満顔で抗議するルイーズ。
当てが外れて落胆の声を上げました。


しかしそんなルイーズに対し、特に怒るでもないベンジャミン。
彼女達が部屋に入ってきてからというもの、ずっと紳士的な対応です。

これまでの描写では乱暴であったり寡黙だったりしてイマイチ内心が見えませんでしたが、今回のシーンでは特に悪い印象は受けません。むしろ好印象です。
ルイーズの無邪気さもあって、近所のお兄さんと小さい女の子のようですね。

この2組が絡むとは予想していなかったため、こんな展開になるとは思いませんでした。


特に意外だったのが、マリーローズに引き続きベンジャミンも“顔”を気に掛ける発言が多かったことです。

解決方法こそはいつもの筋トレでしたが、ベンジャミンの的確なアドバイスによってルイーズは生き人形も感情を持ち、疲れることを教えて貰いました。

私見ですが、私が一番ベンジャミンを「流石だなあ」と思ったのは、腕立て伏せで突っ伏したルイーズに対し「道具の使い方を誤るな」と言ったことでした。

生き人形を人間と知る側とすれば、あんまりな言い方だと思いますし、ベンジャミンも本心から生き人形を道具だと思っているかも知れません。

しかしルイーズの視点に立って考えた場合、彼女は生き人形を人形としか考えていないわけですから、いきなり『気遣え』と言ってもピンとこないと思います。
ですが、ワンクッションを置いて「道具の使い方を誤るな」と語り掛ければ、ルイーズとしては幾分か受け入れやすい言葉となったのではないでしょうか?


その証拠に、ベンジャミンから諭された直後こそは疑問顔なルイーズでしたが、星つきの居住棟を後にして二人きりになった彼女はルウにこう語り掛けます。



「ルウはさあっ? 疲れたっ?」


庭園迷路でも、ケイトから指摘された時も、ついさっきよろめいた時も、“顔”ばかりを気にしていたルイーズ。

そんな主人から発せられた予想外の台詞に、ルウは一瞬いつものように従順な言葉を返そうとしますが、すぐに思い直すととうとう本音を零しました。


最終ページの大コマで、首をかしげながら疲れたと返事するルウ。


序盤で様々な顔を見せていたルウでしたが、今回のお話の中で一番魅力的だったのはルウのこの表情でした。

最後に見つめ合いながら廊下を歩く二人がまた良いですね。
ルウの微笑みはルイーズと全く変わらない表情だったでしょうが、決して演技ではないでしょう。

ケイト達と同じ関係性をルイーズ達も築くことができるのではないか。
そんな期待が持てる、心温まるラストでした。


さて、長くなってしまいましたが、最後にベンジャミンについても触れさせて下さい。

というよりも、ルイーズ達の関係性の進展を語るには彼らに触れないわけにはいきません。
それほどまでにベンジャミン組がルイーズに与えた影響は多大でした。

そしてそのベンジャミンの本音を引き出したのは、他でもなくルイーズです。


遠慮なくトレーニングの理由について尋ねるルイーズに対し、ベンジャミンの答えは
「強くなければ守れない」
という、一種の使命感が垣間見える返事でした。

また、ルイーズは深く考えていなさそうですが、星つきやバーバラに大変そうだと同情をする彼女を見つめるベンジャミン組は、少し警戒を解いたように見えます。

一連のやり取りがあったからこそ、ベンジャミンはルイーズとルウを気に掛けてアドバイスしたのかも知れません。


ルイーズ達と別れてから、明るく感謝しながら去っていった彼女を思い出すベンジャミンの様子は、何か深い悩みを抱えているようです。この時ベンは“顔”として振舞っていないため、果たしてベンジャミンがどんな表情をしているか読み取れません。

それは安堵なのか、苦笑なのか、困惑なのか……。


私は第63話のあらすじ紹介にて、ベンジャミンのすす能力を「洗脳系」と書き、ケイトにとって脅威だと表現しました。

あの時の彼は、まさしく館側の人物としてケイトの敵でした。

ところが今話の扉絵の紹介文では、それとは一転した書かれ方をしていました。



「【すす能力】すすを吸った生き人形の士気を高める」



何だかこう書かれると、凄く頼りになる能力に見えてきますね。不思議です。
別の角度から物事を見る大切さに改めて気付かされました。


シャドーハウスは物語が進むごとに、悪役と思われた登場人物にも事情があり、それぞれの考えがあって行動していることが的確に描写されています。

バービー然り、リッキー然り、パトリック然り、ルイーズ然り……。

ベンジャミンも例外ではないでしょう。

彼が心の奥底に抱えた想い。
ケイトやジョンの目指す道とは違っても、彼なりの矜持を持った生き様がきっとそこにはある筈です。

悪意、功名心、下心……。

そういった欲望に目が眩んだ者達よりも、真っすぐ筋の通ったベンジャミンの方が敵に回したくないものです。


彼の『守りたいもの』がケイトと相反した場合、果たして互いに何を想うのか。

出来ることなら、二人とも可能な限り歩み寄って欲しいものです。