更新日の朝は、何とも言えない気分で目が覚めました。
今回のお話を読んでから暫く経つというのに、まだ胸のざわめきが止まりません。

言葉を失うとは、このような事を言うのでしょうか。
少なくない衝撃を受けている自分自身に、改めて衝撃を受けています。

第43話は、まさしく前回の煽りである『クライマックス』でした。

疾走するように進んでいく序盤と、神々しさ・意外性溢れる中盤、ようやくエミリコやケイトのホッとした表情を見られた安堵感に満ちた終盤……。

各場面ごとに描写される情報量の多さに、まだ考えが整理できていません。


ただ、既に今回のお話を読んだ方はお分かりかと思います。

なぜ、私が今もなお動揺しているのか。

あえてミスリードを誘うかのような副題。
そして、正視するにはあまりにも受け入れがたい現実が、そこにはありました。

全ての出来事に理由があるのならば、このラストには一体どんな意味があるとでもいうのでしょうか?
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前回の勢いそのままに、庭園迷路を突き進んでいくケイトとエミリコ。

偶然にもこの水路は館まで通じているようで、順調に行けばギリギリですが、間に合いそうです。

奇跡のような大逆転劇。
エミリコの不屈の闘志と柔軟な発想、ケイトの精細な観察力とたぐいまれな才能が生み出した、このペアだからこそ成しえた快挙です。

荷車を改造したボートに乗り、華麗に水路を流れていく二人を見て、エドワードは額に手をやります。

重鎮たちが見物しやすいようにケイトを高台に閉じ込め、地図を複雑化するために書き込んだ一つの線……

エドワードは、完全にこの二人の能力を見誤っていました。
水路がゴール付近まで続いているのを予想したケイトと、地図の水路の記載を見破ったエミリコの方が一枚上手だったのです。

気合を入れて作った庭園が自身の足を引っ張るとは、絵に描いたような “策士策に溺れる” です。(水路だけに)

ただ、それよりも重要なのが、ケイトが操っている煤のことです。
煤を操ることは、やはりシャドーハウスにおいて重視される能力のようです。
これができるようになることを『覚醒』と呼ぶことも判明しました。

その様子を見て、悔しがるエドワード。
口ぶりからすると、これまで“お披露目”前に『覚醒』するシャドーは滅多にいなかったのか、あるいはシャドーが『覚醒』した場合、それを隠し通すような真似を普通はしないことが推測されます。

以前、ケイトの煤を操る能力を、エミリコが自慢したいと話していたことがありました。
この時ケイトは、こんな能力がシャドーに備わっていることを学んでいない、と言って秘密にするようエミリコに指示していましたが、ケイトのような性格は珍しいのかも知れません。

もしかしたら、“お披露目”前に覚醒していた過去のシャドーは、生き人形に自慢させたり、“お披露目”の最中にそれを見せびらかしていたとも考えられます。リッキーだったら、確実に周りの生き人形に自慢してそうですしね。

しかし、別にケイトは“お披露目”中ずっと、煤を操る能力を隠していた訳ではありません。
ですが、それに気付いたのはエミリコだけでした。

あれだけさっきまで盛大に煤を出していたケイト。
その服が汚れていないのは、彼女がコントロールしていたのだと、既に看破していたのです。

さすが、見えないからこそ想像したい、と言っていただけあります。

どれだけ情報収集しようとも、“特別な生き人形”であろうとも、主人を慕う生き人形には到底適いません。エミリコにあっぱれです。

そして今度は、ケイトに見せ場がやってきます。

館まであと一歩のところまで進んだ二人の先に、地下に流れゆく水路が見えました。
一瞬ケイトは、暗渠に入ってしまうことに身構えますが、入口に格子が付いていることに気が付くと、船を降りようとするエミリコを制します。

衝突寸前に、タイミングよくジャンプするケイトとエミリコ。
庭園迷路をずっと共にしてきた荷車は、ここでその役目を終え、粉砕しました。

ゴールという目立つ場所で空中に放り出され、きりもみする二人に関係者全員の注目が集まります。

試験官三人組、重鎮達、星つき、顔のない人形達…
“五人目の重鎮”の姿は見えないですが、恐らく部屋の中からこの様子を見ていたでしょう。

しかし、幾らエミリコが頑丈とはいえ、この体勢でケイトを助けるのは無理そうです。

万事休す。

そう思われた時、漆黒の翼がその姿を現しました。

光を受けて、天使のように巨大な翼を背に生やし、エミリコを抱きかかえるケイト。

これ以上ない絶好のシチュエーションで、その絶大な能力を披露しました。

これぞまさしく、“お披露目”です。
ケイトの鮮烈なデビューに、皆が目を見張ります。

彼女が見せた神々しい姿に、目が釘付けといった様子です。

ただ、強烈な印象を残すこのシーンを見た時、自分でも気が付きにくいほど、小さい不安感を覚えました。

得体の知れない、一瞬の動悸。
その感情が、不自然に差し込まれた一対の手の描写によるものだとは、ラストのページを見るまで全く分かりませんでした。

やがてケイトは、翼で風を受けながら着地しました。
めでたくゴールです。
鳴り響く鐘の音に、エミリコはにっこり、そしてケイトもきっと笑顔でいることでしょう。

第41話とは真逆の格好の二人に、思わず微笑ましくなります。

間もなくすす時計の煤は上がり終え、再び鐘が鳴り響きます。
庭園迷路の試験は、これにて終了です。

ゴールにいた女性のシャドーが、合格者は全員お披露目の間に向かったと案内をしてくれているので、どうやら“お披露目”自体もこれで終わりみたいです。

前々回の記事の予想を外してしまいましたね、残念。
でもこれで彼女達が無事合格できたのだから、良かったに決まっています。
結果的にケイトの鮮烈デビューを劇的に演出してしまい、ぐったりしているエドワードのことは放っておきましょう。
喜ばしいことに、当面ケイトとエミリコの処分がなくなったのですから。


ところが、ここで物語は急展開を迎えます。

ケイトとエミリコがゴールしたことによって、重鎮達が望んでいた“お披露目”の制作に失敗した試験官三人組。

特にライアンは、全員が合格しそうになったと知った時激しく苛立っていました。彼の激昂に、ジェラルドとアイリーンは硬直したほどです。

にもかかわらず、ジェラルドもアイリーンも、割とリラックスしています。
これはどういうことでしょうか。

エドワードが見上げると、そこにはバルコニーで拍手する重鎮たちがいました。
そして、なんとあのライアンも拍手しています。

ジェラルドとアイリーンは、ライアンがこの“お披露目”を評価していることが分かっていたので、落ち着いていたのです。

その光景に、エドワードもやや気力を取り戻しました。
さっきまでの疲れ切った表情ではありません。

台本通りではありませんでしたが、この“お披露目”で一定の結果を出せたことに、安堵といったところでしょうか。一番懸念していた人物から評価されたことで、彼もまた、ぎりぎり合格したとみて間違いないでしょう。

ですが、ライアンの拍手は “お披露目” そのものの評価に向けられたものではありませんでした。
重鎮まで上り詰めた人物の価値観など、そう簡単に変わるわけがなかったのです。

「無能な者を置いておくほどシャドーハウスは優しくはないわ」

第39話で、ソフィはそう言っていました。

この庭園迷路の試験を評価していた彼女もまた、この奇妙な館の因習に縛られているのだから、重鎮達の心など動きようもありません。
所詮、遊び半分の見世物だったということでしょう。

ラストに描かれた切ない光景も、彼らにはまた同じです。


手を取り合う一対のシャドーと生き人形。
彼女達が立っているのは、ゴール目前の扉の外です。

そこには、本来ならゴールしていなければならないラムが立っていました。

何故か低い位置から差し伸べられている、シャーリーの手。
それは一瞬のうちに崩れ去ります。

立ち尽くすラムの目の前には、ほんのわずかに原形をとどめたシャーリーの姿がありました。

数刻前までは、そこに宿っていた筈の少女の魂。
それさえももう、“お披露目”合格の願いとともに潰えました。

絶望と美しさが交錯する二人の姿に、我々は何を見出せばいいのでしょうか。


以前に謎の存在である『五人目の重鎮』は、この“お披露目”に対し、「シャドーハウスにはまだまだいくつもの可能性があるということ」と評価していました。

確かに、この館の論理ではそうかも知れません。

しかし彼達は、一方的な価値観と一時の娯楽のために、取り返しのつかない過ちを犯しました。

才能ある人材を自ら潰す館。

私には、こんな場所にこれから先の可能性があるとは、到底思えません。